2008-01-01から1年間の記事一覧
毎年、実家で正月を迎えるときは、 おせち料理を用意する。 今年は、東京に住む兄夫婦が、既製の御節を予約してくれていて、 それだけでよいのでは?という話もあったが、 やはり量が少ないのと、やはり作りたい、という気持ちもあって、 結局お節一式を晦日…
朝から調子がよければ、墓参りがしたい。 そういう母を連れて、近所にある墓まで車で向かった。 出かける前に、 「ちょっと、有馬温泉あたりにまで行ってみようか?」 そう提案したが、自身なさげに、 「それはやめとくわ。」 ところが、墓参りをしてみたら…
肺癌と命 その2 数ヶ月前、「肺癌と命」という自分の思いを文章にして、読んでいただいた方々から励まし、叱咤、冷ややかな批判等のご意見をいただきました。十人十色の様々な感じ方。私の心は揺れ動きました。私は、癌を背負った一患者の思いを知って欲し…
肺癌と命 元気印で75年間飛び跳ね、色々な経験を重ねながら、夫婦二人三脚で、会社生活、子育て生活と努力を尽くし、今は主人に先立たれ、静かに一生を終えようとしています。 子供達も平凡ながらそれぞれ人生の設計を立て、親元から羽ばたいて行き、私は…
いやはや、すっかりすっかりですが・・・ 忙しい・・・ってわけでもないけれども、なんだか書き込む気にならなくって。。。 さて、母ですが、生きてます。 今は実家に詰めてて、同居にて、いわゆる「介護」モードに入ってます。 伯母の死以来、すっかり落ち…
伯母の死とともに落ち込んでからの母は、 何か不安が付きまとっている様子。 だから、私たちにはもう、一緒に住んでもらいたいと思ってる。 私たちには、まだその覚悟もなく、暫定的にという気持ちで実家にいた。先端医療センターの藤田医師が、在宅医療に対…
それまでの母は、ベッドで寝たきりみたいなことは全くなく、 「私のどこが病気やのん?」 そう不思議がるくらい元気だった。 もちろん、抗癌剤治療のおかげですでに全体が白くなっていた髪の毛は 全部抜け落ち、また吐き気と味覚障害には悩まされていたが。…
抗がん剤治療を止めて、 家での緩和治療を始めていた母だったが、 実姉の通夜にも葬儀にも、出席したいといい、 亡くなった翌々日とその次の日、 2日続けて尼崎の葬儀場まで 私たちとともに出かけて行った。
母の肺腺癌が見つかって、すでに1年3ヶ月。 今年の夏に、残された時間は1年〜13ヶ月と宣告された。 そんな母を心配して、頻繁にお見舞いに来てくれていた母の実姉が、 今年の8月に膵臓癌であることが分かった。 その時点で、すでに転移も進んでいて、あと3ヶ…
艶子さんは、母のすぐ上の実姉で、 年はだいぶ離れているが、母の姉妹の中で いちばん顔も似ていて、仲良しだ。 その艶子さんは、同じ神戸に住んでいて、結構行き来がある。 父が死んでからも、伯母夫妻は、うちの母を連れて、 四国お遍路参りや、いろんな小…
十一年前に父が逝ってから、母はずーっと一人暮らし。 今は、私が近隣に(と行っても1時間ほどかかるが)住んでいるので、 もしも何かあったらすぐにやってこれる、という感じも手伝ってか、 何の心配もなく、気楽に暮らしていた。 この病になるときまでは、…
癌と戦っている母を、 気分転換のために、どこかへ連れて行きたいと思った。 ちょっとした旅行に行こうか、 そう提案すると、行きたいと言った。近場・・・淡路島にペットを連れて行けるホテルがあると聞いて、相方のYちゃんが行きたがったのと併せて、 そこ…
ところが、東京にやって来た翌朝。 知人のOさんから送ってもらった野菜たちの中にあった メロンを食べたところ、大変なことに。 もともと、母はメロンをあまり好まない人だったんだけど、 この日は少し食べてみたらしい。 すると、しばらくして手のひらにか…
兄の提案で、母が東京の兄の新築を見に行く事に。 朝7時半から兄がこちらまで迎えに来て、 先端医療センターによってから、空港に。 夜8時には、羽田入り。 母は、兄の新築を見て安心した模様。 兄も、わざわざこちらまで迎えにくるなんて、 なんて親孝行…
「在宅ケアを受けて、自宅で最後を迎えたい」 と考えている母のことを思って、パートナーのYちゃんが購入して読んだ。 鎌田寛という諏訪中央病院の医師が著したベストセラー本。 末期がん患者の姿を、在宅ケアを見つめる医師の視線で書いていて、 数人分の…
♪ もしも未来がないとしたら 強全てが終るとしたら 君は、何をする? 残された時間の中 何もかも失うその前に・・・・・・これは、SHOWTAってソングライターの ”winter〜冬の向こう側〜”って曲の冒頭部分。 まぁ、これはラブソングなんですけれ…
先週月曜日、母から「モノが二重に見える」 という電話が入り、すぐに眼科に行くように言った。 すると、神経の何かだから、様子をいるようにと言われて帰って来た。 翌朝、さらに状態が悪くなったという電話が入り、近所の脳外科医のところにいかせたが、 …